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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)33号 判決

原告 アドルフ・カレル・ヴエラン

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三三年抗告審判第三〇五七号事件について昭和三四年二月六日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、特許庁に対し昭和二八年二月一四日、名称を「スチーム・トラツプ」とする発明について特許出願したが、昭和三一年一月二一日この特許出願を旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)第五条にもとづき実用新案登録出願に変更し、昭和三二年四月二二日出願公告されたところ、訴外岩越重雄外一名からこれに対し登録異議の申立がされた。これに対し、特許庁は、昭和三三年七月五日、右登録異議の申立を理由あるものとする旨の決定をすると同時に、本件実用新案の出願拒絶の査定をしたので、原告は、同年一二月一一日右拒絶査定を不服として抗告審判の請求をし、昭和三三年抗告審判第三〇五七号事件として審理された結果、昭和三四年二月六日、右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決(以下本件審決という。)がされ、同審決の謄本は、同月一七日原告に送達された。そして、これに対する出訴期間は、特許庁長官の職権により昭和三四年七月一九日まで延長された。

二  原告の出願にかかる本件実用新案(以下本願実用新案という。)の考案の要旨は、別紙第一記載のとおりである。

三  本件審決の理由の要旨は、つぎのとおりである。

1  まず、本件審決は、本願実用新案の考案の要旨を「熱応働部材(40)をもつ弁作動装置を備え、熱応働部材を複数個の双金属部材により構成し、各双金属部材は夫々間隔を隔てその一端だけを緊締しその緊締されてない部分は各々独立して自由に運動し得る如くし、この双金属部材の第一の部材(45)を弁の茎(30)に連絡し、此等双金属部材は夫々異る熱応働特性をもつものとして、低い圧力及温度の水蒸気より順次温度の上昇に従つて双金属部材が第一の部材(45)より第二の部材、第三の部材と順次に作動するように構成したスチーム・トラツプの構造」にあるとし、つぎに、英国特許第五〇六三一八号明細書(以下引用例という。別紙第二の図面参照)には、「熱応働部材(M)をもつた弁作動装置を備え、その熱応働部材(M)を複数個の夫々異る熱応働特性をもつた双金属部材によつて構成し、各双金属部材は夫々その一端だけを緊締し、その緊締されてない部分は各々独立して自由に運動し得る如くし、この双金属部材の第一の部材をピン(C)とチエン(G)とを介して弁の茎(O)に連結したスチーム・トラツプの構造」が記載されているとする。(なお、引用例における「複数個の双金属部材が夫々異る熱応働特性をもつたものであること」については、引用例中「熱応働部材(M)の個々の双金属部材を適当に選ぶことによつて、少くともその中の一つの双金属部材をして、種々の異る蒸気運転圧力に於ける飽和温度によつて生ずるその弾性応力に対して、可動弁に作用する蒸気圧力を平衡させるようにすることができる。」との記載からみて、熱応働部材(M)を構成する複数個の双金属部材のおのおのは、それぞれ異なる熱応働特性をもつたものに選ぶことができ、そうすることによつてその中のどれか一個の双金属部材を種々の異なる蒸気運転圧力における飽和温度に応じて作動させることができると解釈しても、あながち不当ではないので、引用の英国特許明細書記載のものも、上記のごとく複数個の双金属部材は、それぞれ異なる熱応働特性をもつたものであると認めるとする。)

2  そこで、両者を対比し、両者は、「熱応働部材をもつた弁作動装置を備え、この熱応働部材を複数個の夫々異る熱応働特性をもつた双金属部材によつて構成し、各双金属部材は夫々一端だけを緊締しその緊締されない部分は各々独立して自由に運動し得る如くし、この双金属部材の第一の部材を弁の茎に連結したスチーム・トラツプ」との点で一致し、ただ、本願実用新案では、各双金属部材をそれぞれ間隔を隔ててその一端だけを緊締しているのに対し、引用例のものでは、単にその一端だけを緊締した点において相違するとしたうえ、その相違点について、引用例のものの「各双金属部材はその一端が緊締されてはいるが、その緊締されない部分は各々独立して自由に運動できるものであることが図面より明らかであるので、各双金属部材間に間隔があるのか否かは単なる設計的変更に過ぎず、これによる格別優れた作用効果も認められないから、上記の相違点には考案の存在を認めることができない。また、前者(本願実用新案)においては、各双金属部材は低い圧力及び温度の水蒸気より順次温度の上昇に従つてその第一部材より第二の部材、第三の部材と順次に作動するよう構成されているのに対し、後者(引用例のもの)には、その点についての記載がないが、後者の複数個の双金属部材が夫々異る熱応働特性をもつたものであると認められる以上、その各々の双金属部材を設置するに当つて各部材が低い圧力及び温度の水蒸気より順次温度の上昇に従つて、上部にある第一の部材よりその下方の第二の部材、第三の部材と順次に作動する如く設置すべきであることは、設計上当然考えられるところであるので、たとえそれに関する記載がなされていなくても、後者の各双金属部材を前者のものの如く作動するよう構成することは当業者の容易に推考できるものと認められる。」したがつて、本願実用新案は、引用例のものにもとづき格別の考案力を要しないで、当業者の容易に案出できるものと認められるから、旧実用新案法第一条に規定する登録要件を具備しないというのである。

四  けれども、本件審決は、本願実用新案の要旨および引用例の趣旨を誤認し、つぎのとおり違法のものであるから、取り消されるべきである。

1  (本願実用新案の要旨の誤認)

(一) 本願実用新案は、その登録請求の範囲の記載から明らかなように、(a)「順次温度の上昇に従つて双金属部材が第一の部材より第二の部材、第三の部材と順次に作動するよう構成したもの」において、(b)「第一の部材が作用して弁を閉鎖した際に、つぎの部材は第一の部材から離れた不作動位置にあり、弁が閉鎖されると第一の部材の運動を阻止するが、温度が上昇するとつぎの部材が部材間の間隔を通り偏倚して第一の部材と接触して附加的な力を加え、かくして双金属部材が順次作動してほぼ飽和水蒸気の温度圧力曲線に従つて作用する如くしたもの」であることをその要旨の一部とする。ところが、本件審決は、(a)の点だけを認め、(b)の点については何ら触れるところがない。

けれども、(b)の点は、第一、第二、第三等の各双金属部材が特定の状態または関係において作動するように配置されていることおよび各双金属部材の順次の作動状態を総合してみるとき、その作動状態が特定の曲線に従うように双金属部材が構成されていることを示すものであり、本願実用新案の実体に関するきわめて重要な思想である。被告は、(b)の点は(a)の点の中に含まれ重複しているものと主張するけれども、(a)の点では、第一の部材が弁に働らき始め弁がまだ閉じないうちに第二の部材が第一の部材と接触し作動位置に来る場合を含む(なお、作動することと弁を閉じることとは別のことである。弁は瞬間的に閉鎖するものではなく、弁が全開位置から閉鎖されるまでの間作動し続けているものであるからである。)のに、(b)の点では、これを除外することになるし、また、温度の上昇に従つて各双金属部材が順次に作動するというだけでは、いかなる線に従つて作用するのかが全く不明である。「飽和水蒸気の温度圧力曲線に従つて作用する」ということは、「温度上昇に従つて各双金属部材が順次作動すること」から生ずる必然的な結果ではない。この両者は、実質上全く異なつた事柄に属するからである。しかも、飽和水蒸気の温度圧力曲線に沿つて作用するように設計されたスチーム・トラツプは、本願実用新案を除いては、その例をみないものである。(被告がこの点に関する証拠として提出している乙第二号証の一ないし三、四号証は反証にならない。)したがつて、(b)点を、本願実用新案が登録要件を具備するかどうかの判断において、無視ないし看過することは、とうてい許されない。

(二) 従来のバイメタル(双金属部材)型スチーム・トラツプ(引用例のものおよび乙第一号証のスイス国特許にかかるものを含む。)は、その作用線は曲線にならず、直線であるから、狭い温度範囲でしか利用できないものなのである。元来、スチーム・トラツプの熱応働部材(たとえば、バイメタル)の作用は、熱応働部材の作用線と飽和水蒸気の温度圧力曲線との関係によつて表わすことができ、その関係には、つぎのものが含まれる。すなわち、(イ)作用線が一本の直線であつて、飽和水蒸気の温度圧力曲線と接するか、二点で交わる場合、(ロ)作用線が飽和水蒸気の温度圧力曲線に沿つた曲線である場合、(ハ)作用線が順次に連続した直線から成り全体として飽和水蒸気の温度圧力曲線に沿つた線になる場合の三つである。そして、(イ)は、作用線が飽和水蒸気の温度圧力曲線に沿うものではないから、(ロ)および(ハ)とは全く性質が異なる。引用例のものおよび乙第一号証のスイス国特許にかかるものは(イ)に属し、本願実用新案は(ハ)に属する。もちろん、スチーム・トラツプとしては、(ロ)の場合がもつとも望ましい。しかし、この理想に到達することは容易ではないし、また、スチーム・トラツプとしても、限定された狭い範囲で利用できれば足りる場合も多い。ただ、これをいかにして広い温度範囲で利用可能にするかは、全く別個の困難な課題であるところ、これを具体的に解決したものが、本願実用新案における(ハ)の場合なのである。これを被告のいうように当業者の常識であるとするのは、明らかに誤つている。

なお、ベロー型スチーム・トラツプは、筒内に封入された薬品の膨脹を利用するものであるから、数個の作用線を順次に連ねて全体として飽和水蒸気の温度圧力曲線に沿わせるという思想は全くみられず、したがつて、本願実用新案は、ベロー型スチーム・トラツプから推考しうるものではない。

2  (引用例の趣旨の誤認)

本件審決が引用例の記載として挙示するところは、その原文の該当部分(甲第三号証第一頁右欄第七ないし第一三行目)によれば、「熱応働部材(M)の個々の双金属部材を適当に選べば、異なる蒸気運転圧力における飽和温度によつて生ずるその弾性応力に対して少くとも可動弁に作用する蒸気圧力を平衡させ得る。」とされているだけであり、右審決のいう複数個の双金属部材がそれぞれ異なる熱応働特性をもつものであることは、何ら示されていない。そして、ここにいう「その弾性応力」とは熱応働部材(M)の弾性応力であり、また、「熱応働部材(M)の個々の双金属部材を適当に選ぶ」という字句だけでは、一つの熱応働部材を構成している双金属部材の各々をたがいに異なる特性のものとするのか、あるいは、双金属部材の各々は同じ特性であるがその特性を適当に選んで熱応働部材の弾性応力を変えるのかが不明である。もし、前者であれば、引用例明細書中いずれかの部分にこれに関する記述があつてよいはずであるのに、そのような記述は見当らないばかりでなく、かえつて、単に双金属部材を一体として取り扱つた字句、たとえば「a springy expansion element」(弾性膨脹部材)、「the free end of the bimetal control element」(前記バイメタル制御部材の自由端)とあるところからみると、引用例は、むしろ後者の場合についてのものと解すべきである。少くとも、引用例における双金属部材の各々をたがいに異なる特性をもつものとする理由は何もない。本件審決には、右の点ついて明らかな誤認がある。

要するに、本件審決は、一方において、引用例中には、熱応働部材(M)を複数個のそれぞれ異なる熱応働特性をもつた双金属部材によつて構成した点は、全く示されていないのに、これが示されているもののように誤認し、他方において、本願実用新案の重要な要素のひとつである前記1(一)の(b)点を無視して、両者を対比した誤りをおかしている。

しかも、(一)従来のスチーム・トラツプは、数個のバイメタル片を使用している場合であつても、これらが一体のバイメタル体として働くものであつて、各々のバイメタル片が順次に働くものは知られていない。スチーム・トラツプのバイメタル体の構成部分のバイメタル片の特性について工夫の施された事例はなく、一体となつたバイメタル体が温度に応じ大体直線的に働くものに過ぎない。したがつて、各バイメタル片は、しいて個々別々の特性をもつものを選ぶ必要はなく、唯一体として働くバイメタル体のもつ特性を適当に選べばよい。ところが、本願実用新案においては、飽和水蒸気の温度圧力曲線に従つて作用させるため、各バイメタル片はその特性をそれぞれ異にし、かつ、右曲線に適合するように組み合わされている。そして、引用例のスチーム・トラツプにおいては、どのような部材を選択しても、また組み合わせても、たわみと温度との関係は、実際上直線になり、飽和水蒸気の温度圧力曲線に沿うように作用させることはできない。

(二)仮に、引用例における複数個の双金属部材がそれぞれ異なる熱応働特性をもつものとしても、単にそのことから、ただちに、低い圧力および温度の水蒸気のときから順次温度の上昇に従つて、上部にある第一の部材から、その下方の第二の部材、第三の部材と順次に作動して、ほぼ飽和水蒸気の温度圧力曲線に従つて作用するように構成することが考えられるものではない。そのように構成するためには、後出3における本願実用新案のもののように、各部材間に間隔を置き異なる特性の各部材の配置の工夫をしなければならない。ところが、本願実用新案においては、特定の熱応働特性の異なる複数個の双金属部材を特定の間隔で組み合わせ配置して構成されているものであり、飽和水蒸気の温度圧力曲線に従つて作用するため、きわめて広い範囲にわたるいかなる温度においても飽和水蒸気の圧力に対応する温度すなわち凝縮を生ずる温度になると、ただちに弁が開いて凝縮水を排出するという効果、他面からみれば、弁を開くために必要な温度差が小さく、したがつて、弁が敏感である効果を生ずるものである、したがつて、本願実用新案は、十分新規な考案を構成するのに、本件審決は、この点を看過している。

3  (双金属部材間の間隔の有無)

(一) 本件審決は、本願実用新案が各双金属部材をそれぞれ間隔を隔ててその一端だけを緊締しているのに対し、引用例は単にその一端だけを緊締した点において、両者が相違することを認めながら、その間隔の有無は単なる設計的変更に過ぎず格別優れた作用効果も認められないとする。

けれども、引用例においては、各双金属部材は緊締されない部分においてたがいに接触しているものを図示し、各部材の運動方向は図面のX方向であるから、各部材は独立して自由に運動できるものとはとうてい考えられない。一方、本願実用新案においては、各双金属部材間に特定の間隔を存することにより、各部材間に何らの干渉を生ずることがなく、各部材が順次に予定温度において各々独立して動き、確実に作用するものである。そして、この双金属部材間の間隔の有無によつて、全双金属体の作用線がまつたく変わる。すなわち、間隔があれば、順次の連なつた数本の直線つまり曲線に近似したものとなり、間隔がなければ、一本の直線となるわけである。このような作用上の差異がある以上、双金属部材間の間隔の有無を設計上の微差とする本件審決の判断の誤りであることは明らかである。

(二) 本願実用新案に従つて設計される個々のトラツプの双金属部材は、トラツプの使用温度範囲、弁の大きさ、双金属部材の性質等のいかんによつて、それぞれ特定の間隔で配置しなければならないことは、その説明書全体の記述からみて明らかである。被告は、本願実用新案の説明書には双金属部材の間隔の特定について何らの記載もないなどというが、その非難は、単に具体的な設計例を説明書が示していないというだけのことである。また、右説明書中「狭金(90)の厚さは、、、、、、双金属部材の自由な偏倚に依り決定される」の「自由」とは、他から拘束されないという意味で、曲り方がどの程度でもよいということではない。

4  本願実用新案の登録請求の範囲の表現に作用的な部分があるとしても(本願実用新案におけるように純粋な構造的表現だけでは完全にその実体を表現し難い場合には、作用的な表現を加えることは、普通である。)、各双金属部材と弁との配置構造すなわち型は明らかに示されており、トラツプの大小、使用温度範囲のいかんによつて、双金属部材の大きさ、その間隔等も適当に定められるものであつて、この構造を説明書に記載されている以上に表現することは困難であるばかりでなく、その必要もないから、これが、本願実用新案の登録出願についてのかしになることはない。仮に、説明書の記載が不十分であるとしても、考案の実体が新規有用であることが明らかである以上、右記述を訂正させるべきであり、これをせずに、本願実用新案の登録出願を拒否することは違法である。

右のとおりである以上、本願実用新案は、引用例のものとは構造および作用効果において明らかに異なり、引用例から容易に推考できるものではないから、これを推考できるものとした本件審決は、判断を誤つたものであり、審理不尽、理由不備のそしりを免れない。よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  原告の請求を棄却するとの判決を求める。

二  請求原因第一および第三項の事実は、すべて認める。同第四項の点は争う。

1  (本願実用新案の要旨の認定について)

本願実用新案の要旨について原告の主張する(b)の点は、同(a)の点と同じ事柄を重複して述べたものであり、(a)の点の作用を繰り返えしているものに過ぎない(なお、(a)の点にいう「作動する」とは、この場合には双金属部材が働いて弁を閉じることを意味するから、原告のいうように(a)(b)両点の間に差異を来さない。)。実用新案は、物品の型について登録されるものであるから、装置の具体的構造の部分だけが要旨となるべきものであり、その装置の作用を重複して述べた部分を要旨外とした本件審決は正当である。原告は、本願実用新案にかかるトラツプが飽和水蒸気の温度圧力曲線に従うように作用すること自体が新規な考案の一部を構成するかのように主張しているが、この点は、トラツプ設計上の慣用手段であつて、そこに新規な考案は存しない。

スチーム・トラツプは、飽和水蒸気が凝縮して水分となつたとき、その水分だけを排出するために考え出されたものであり、さらに、熱応働型のスチーム・トラツプにおいては、飽和水蒸気が凝縮して水分となつてトラツプにたまれば、トラツプ内の温度は低下するが、圧力は飽和水蒸気の圧力と変らないのに、一方弁の閉鎖力(たとえば、双金属部材の温度によるたわみ力)は温度低下によつて減少するので、その差によつて弁が開き、水分をトラツプ外に排出するという原理によつて作用するように考え出されたものである。そして、熱応働型のスチーム・トラツプにあつては、飽和水蒸気の温度圧力曲線が設計の前提条件であり、トラツプを広い範囲にわたつて作動させるように双金属部材の熱応働特性を異ならせたというときは、トラツプの作動特性曲線が飽和水蒸気の温度圧力曲線に従うようにする以外には、当業者としては考えられないことである。つまり、当業者の当然の常識である(乙第二号証の一ないし三、同第三号証参照。ことに、乙第二号証の一ないし三に示された米国トレーン社のトラツプは、ベローの中に物質を封入して周囲の蒸気温度が高くなければベロー内の物質も膨脹して温度に相応する高い張力をベローに与えて弁を閉鎖しようとするものであつて、本願実用新案のように弁の閉鎖力として双金属部材を用いるものではないが、熱応働型のトラツプとして同一の類型に属する。そして、右により、弁の閉鎖力が双金属部材であれ、ベローであれ、トラツプにおいてはその作動特性を飽和水蒸気の温度圧力曲線に従わすということが当業者において慣用手段であることが、明らかであり、なお、このトレーン社のトラツプも、従来のトラツプにおいては得られなかつたところを改め、飽和水蒸気の温度圧力曲線にそうように作られたものなのである。)。

なお、本願実用新案の説明書(甲第一号証)をみても、その考案の要点は、「従来の不利を認め、従来必要とした一切の装置の働らきをすることのできる単一の制御装置即ちスチーム・トラツプ、空気の排気器、逆止弁、制御硝子、濾過器、温度制御弁等の働らきを一つですることのできる制御装置を提供するのである。本装置は、圧力及び温度に感応する自由に浮動している唯一つの弁とこれに組合わせの弁座との作用により、空気の排気、凝縮物の放出及び凝縮物の逆流を制御する。」等にあつて、ほぼ飽和水蒸気の温度圧力曲線に従うということが特に要点とは思われない。たとえば、同説明書中「更に詳細に記すと、熱及び圧力に感応する部材は、温度と圧力との間の普通の飽和水蒸気曲線にほぼ等しい曲線に従つて偏倚をするよう構成された双金属部材である。」との記載があつて、それ以上に詳細な説明は見当らないので、本願実用新案の考案者が「ほぼ飽和水蒸気の温度圧力曲線に従う」とは、型に関する考案として、どの程度表明されると考えていたのか全く明らかでない。しかも、原告は、本願実用新案のものが折線によつて飽和水蒸気の温度圧力曲線に従うと強調しているが、この点については、その説明書中には、全く記載がない。

2  (引用例の認定について)

引用例(甲第三号証の英国特許明細書)には、そこに示されている複数個の双金属部材の各々が同一の熱応働特性を有するものであるかどうかについて、何ら記載されていないから、同一とも異なるともとれるわけであるが、1の項に前述したとおり、スチーム・トラツプというものの性質上、これを飽和水蒸気の温度圧力曲線に従つて作動するように設計するのは当然の事柄であるから、これに相応するように双金属部材の熱応働特性を選択しようとすることも当然であり、したがつて、引用例のものもそれぞれ異なつた熱応働特性をもつた双金属部材から構成されていることは、容易に認められることである。そして、本件においては、本願実用新案が引用例から容易に考えられるかどうかが争点である以上、これを積極に認むべきことは、右により明らかである。

3  (双金属部材間の間隔の有無について)

原告は、双金属部材は間隔がなければ独立して順次に動き得ないものであると主張するけれども、熱応働特性の異なる双金属部材を間隔なく密着したものであつても、順次に動きうるものであるから、間隔の有無によつて作用上何らの差異もなく、この間隔の有無は、単なる設計的変更上の差異に過ぎない(検乙第一号証)。しかも、原告は、「特定の間隔で配置しなければならない」というが、本願実用新案の説明書をみても間隔の特定については何らの記載もなく、その実用新案公報(甲第一号証第三頁第四一行目以下)に「狭金(90)の厚さは使用の温度例えば二一二乃至三〇〇F又は三〇〇乃至三九〇Fに於て使用される双金属部材の自由な偏倚に依り決定される。」とある点からみて、自由に曲りうればどの程度でもよいことが明らかである。したがつて、間隔の有無は、本願実用新案において特に本質的な事項ではない。

4  要するに、本願登録実用新案の登録請求の範囲の項の記載を検討してみると、型としての限定は、「数組の熱応働特性の異なる双金属部材を、間隔を存してその一端を緊締して、順次に作動するように構成したスチーム・トラツプ」という部分だけであつて、「熱応働特性が異なる双金属部材」という限定は、目的に応じて双金属部材の性質を選択したということであり、その他の部分の記載は、すべてそのスチーム・トラツプの作用の表現であり構造の記載ではない。しかも、その作用の表現中「ほぼ飽和水蒸気の温度―圧力曲線に従つて作用するようにした」とある部分は、熱応働型スチーム・トラツプにおいて何ら新規な考案ではないうえ、本願実用新案にかかるスチーム・トラツプの作用を希望的に表明したものに過ぎない。結局、本願実用新案を旧実用新案法にのつとつてみると、その登録を請求している型に関する考案は、引用例から容易にすることができるものであるばかりでなく、原告が請求原因第四項の1(一)において(b)点として指摘する部分は前述のとおり当業者の慣用手段であるから、いずれにしても、本件審決には違法の点はない。

原告の本訴請求は、失当として棄却されるべきである。

第四証拠〈省略〉

理由

一  特許庁における本件審査、審判手続の経緯および本件審決の理由の要旨についての請求原因第一および第三項の事実については、すべて、当事者間に争がない。

二  そこで、本願実用新案が引用例のものにもとづき格別の考案力を要しないで、当業者の容易に案出できるものと認められるかどうかについて、順次本件の争点に従つて以下に判断する。

1  (本願実用新案の要旨について)

成立について争のない甲第一号証(本願実用新案の出願公告公報)によれば、本願実用新案の登録請求の範囲の項には、別紙第一のとおり記載されていることが明らかであるところ、原告は、本願実用新案の考案の要旨は右登録請求の範囲の項に記載されたとおりであり、したがつて、請求原因第四項1(一)記載の(a)および(b)両点をその要旨の一部とすると主張する。これに対し、被告は、(a)点と(b)点とは同じ事柄を重複して述べているに過ぎず、本件審決が本願実用新案の要旨を請求原因第三項の1冒頭記載のとおり(b)点を除いて認定したとしても不当ではないと主張する。

(一)  けれども、「順次温度の上昇に従つて双金属部材が第一の部材より第二の部材、第三の部材と順次に作動するよう構成した」((a)点)ということは、その「順次に作動する」という文言からみても、にわかに、それを「第一の部材が作動しているときは第二の部材がいまだ不作動位置にあり、さらに温度が上昇すれば第二、第三の部材と作動する」((b)点の前段に相当)ということと解しうるかは、必ずしも明白でないばかりでなく、たとえ、右のように解し、かつ、「双金属部材の作動」とは「弁が閉鎖力を加えること」であると解し得たとしても、「ほぼ飽和水蒸気の温度圧力曲線に従つて作用する」ということ((b)点の後段に相当)は「温度上昇に従つて各双金属部材が順次に作動すること」から生ずる必然的な結果ではなく、また、各双金属部材が温度上昇に従つて順次に作動するように構成しても、これだけでは必ずしも飽和水蒸気の温度圧力曲線に従つて作用するものではないから、「温度上昇に従つて各双金属部材が順次に作動すること」と「温度上昇に従つて各双金属部材が順次に作動してほぼ飽和水蒸気の温度圧力曲線に従うように作動すること」とは、実質上異なつた事柄であるといわなければならず、ひいては、「温度上昇に従つて各双金属部材が順次に作動する」ように構成したことを示す(a)点と(b)点における「温度上昇に従つて各双金属部材が順次作動してほぼ飽和水蒸気の温度圧力曲線に従うように作動する」ように構成したこととは、明らかに異なる構成を示すものというべきである。

(二)  被告は、本願実用新案のように熱応働型のスチーム・トラツプにあつては飽和水蒸気の温度圧力曲線が設計の前提条件であり、トラツプの作動特性曲線が飽和水蒸気の温度圧力曲線に従うようにすることは当業者の当然の常識に属し、なお、熱応働型のスチーム・トラツプとして同一類型に入るベロー型スチーム・トラツプについて本願実用新案出願前すでにトラツプの作動特性を飽和水蒸気の温度圧力曲線に従わすことが当業者の慣用手段となつていた旨主張する(乙第二号証の一ないし三)。

けれども、当業者が飽和水蒸気の温度圧力曲線を熱応働型スチーム・トラツプの設計の前提条件としたり目標としたりするということは、当該当業者の右意図を実現するためにこれが現実にどのように設計されるにいたつているかを表わしていると認められる右(a)および(b)両点の判断に当つては、これを資料とすることができない。また、たとい飽和水蒸気の温度圧力曲線に沿つて作動するベロー型スチーム・トラツプが従来当業者の常識になつていたとしても、右ベロー型スチーム・トラツプは、熱応働型スチーム・トラツプの一種であるとはいえ、本願実用新案の双金属型スチーム・トラツプとは構造および性質が全く異なるものと認められるから、ベロー型スチーム・トラツプについての、弁論の全趣旨により真正な成立の認められる乙第二号証の一ないし三も、双金属型スチーム・トラツプについて一つの具体的構成を表わしていると認められる右(a)および(b)両点の解釈に当つて資料とすることができないというべきである。

(三)  また、被告は、(b)点は(a)点の部分の作用を述べたものであり、物品の型について登録がされるべき実用新案においては装置の具体的構造だけがその要旨とされるべく本件審決において(b)点が要旨外とされたのは正当である旨主張する。

けれども、(一)の項で判断したとおり(a)点と(b)点とは実質上明らかに異なつた構成を示すものである以上、(b)点は作用を述べているだけのものでないといわなければならないから、被告の右主張も採用できない。

前掲甲第一号証ことにそのうち前示本願実用新案の登録請求の範囲の項の記載に右(一)ないし(三)の判断および弁論の全趣旨を合わせ考えると、結局、本願実用新案の考案の要旨は、右登録請求の範囲の項記載のとおりのものと認めるのが相当であり、したがつて、本件審決においてされた本願実用新案の要旨の認定は、誤つているものといわざるをえない。

2  (引用例の内容について)

(一)  成立について争のない甲第三号証(引用例明細書)によれば、引用例は、昭和一四年一一月八日特許局陳列館に受け入れられた「薄板バイメタルの膨脹部材によつて制御されるスチーム・トラツプ」についての英国特許第五〇六三一八号の明細書であり、それには「このスチーム・トラツプは、凝縮水が排除されるべき蒸気の温度と圧力に従う一束のバイメタル簿片の形をした弾性膨脹部材と、この部材に連結して動き外方に開く排出弁とを具え、この排出弁においては加熱された膨脹部材の及ぼす応力が弁を開こうとする蒸気圧力と対抗し、トラツプが蒸気で満されるとき、弁を閉じた状態に保つ。前記バイメタル制御部材の自由端は、前記弁体に鎖で連結され、弁体はトラツプ外箱内で温度応力とそれに伴う摩擦を受けるとき弁体がその案内部内で束縛されることのないように前記束の横方向運動と関係なく案内される。・・・・・排出弁主体は、弁軸(O)ときのこ形足(Q)を有する。・・・・・制御部材(M)はねじ(R)によつて一緒に保持された一束のバイメタル片を有する。鎖(G)はその一端においてピン(C)により前記束(M)の頂にしつかり取りつけられ、他端において前記弁体(P)にゆるく連結されている。・・・・・束(M)の個々の双金属部材を適当に選ぶことにより、異なる蒸気運転圧力における飽和温度によつて生ずるその弾性応力に対して、少くとも可動弁に作用する蒸気圧力を平衡させることができる。・・・・・蒸気は第一図の頂部の矢で示すようにトラツプ内に入り、束(M)を加熱する。この束の自由端は矢(X)の方向に上方に曲り蒸気の飽和温度に達する以前およびその温度において、蒸気圧力に抗して弁(P)を閉じようとする。凝縮水が漸次トラツプの底部にたまる。凝縮水の冷却により矢(X)の方向に働いている弾性応力が次第に減少して零になる。そこで、凝縮水上の蒸気圧力の影響で熱応働部材の束(M)の自由端は矢(Y)の方向に下方に曲り、弁(P)は開き、凝縮水は排出される。」ことが、別紙第二の図面とともに記載され、なお、同図面には、束(M)の各々の熱応働部材はたがいに接触しているものが示されていることが認められる。

(二)  一方、本件審決においては、引用例について、原告主張の請求原因第三項の1後段のとおり認定している。(この点は、前示のとおり当事者間に争がない。)

(三)  ところで、原告は、引用例においては、複数個の双金属部材がそれぞれ異なる熱応働特性をもつものであることが何ら示されていないのに、その旨の記載があるものとした本件審決は引用例について誤認をしたものであると主張し、これに対し、被告は、スチーム・トラツプの性質上飽和水蒸気の温度圧力曲線に従つてこれが作動するよう設計するのは当然のことであるから、それに相応するように双金属部材の熱応働特性を選択しようとすることは当然の設計であり、したがつて、引用例のものについても、それぞれ異なる熱応働特性をもつた双金属部材から構成されていることが容易に知られ、本件審決に引用例についての誤認はない旨主張する。

けれども、複数個の双金属部材の各々の熱応働特性が異なるかどうかについての記載が引用例に明確にされていないことについては、当事者間に争がないところであり、被告のいう飽和水蒸気の温度圧力曲線に従つて作動するよう設計するというだけの事柄から、ただちにそれに相応するように各双金属部材の熱応働特性を選択しようとすることが当然の設計であるとすることは相当でないし、ましてや、右の事柄から、引用例のものが、それぞれ異なる熱応働特性をもつた双金属部材から構成されているものであると認めることは、とうていできないから、被告の右主張は排斥を免れない。なお、証人本山寿の証言によつても、被告の右主張を肯認することができない。

したがつて、引用例のものは、右(一)のとおりのものであつて、それぞれ異なる熱応働特性をもつた双金属部材から構成されその作用曲線が水蒸気の温度圧力曲線に沿うものとは、にわかに認められないから、本件審決における引用例についての認定は誤つているものといわざるをえない。

3  (本願実用新案と引用例との対比について)

(一)  そこで、右1および2の項における認定にもとづいて、本願実用新案と引用例とを対比すると、両者は、熱応働部材をもつ弁作動装置を具え、この熱応働部材を複数個の双金属部材により構成し、各双金属部材はそれぞれその一端だけを緊締し、この双金属部材の第一の部材を弁の茎に連結したスチーム・トラツプである点において一致することが認められる。

けれども、両者は、つぎの二点において相違することが認められる。すなわち、

(イ) 本願実用新案においては、各双金属部材は、それぞれ間隔を隔て、その緊締されていない部分は各々独立して自由に運動しうるようにしているのに対し、引用例においては、各双金属部材は、たがいに接触している。

(ロ) 本願実用新案においては、双金属部材は、それぞれ異なる熱応働特性をもつものとして、低い圧力および温度の水蒸気のときに、まず第一の双金属部材が作用して弁を閉鎖し、この際につぎの双金属部材は第一の双金属部材から離れた不作動位置にあり、弁は、閉鎖されると第一の双金属部材の運動を阻止するが、温度が上昇するとつぎの双金属部材が部材間の間隔を通り偏倚して第一の双金属部材と接触してこれに付加的な力を加え、このようにして双金属部材が順次に作動してほぼ飽和水蒸気の温度―圧力曲線に従つて作用するように構成しているのに対し、引用例においては、熱応働部材の束(M)の双金属部材を適当に選ぶことにより異なる蒸気運動圧力における飽和温度によつて生ずるその弾性応力に対して少くとも可動弁に作用する蒸気圧力を平衡させることができるように構成している。

(二)  ((イ)の点について)

被告は、引用例の各双金属部材の緊締されない部分は各独立して順次自由に運動できるものであり、各双金属部材間に間隔があるかどうかは、単なる設計的変更に過ぎず、これにより作用上何ら格別の差異ももたらしていない旨主張する。

けれども、引用例における各双金属部材は、その図面からみても、その緊締されない部分はたがいに接触しているものであるから、たやすく、これを被告の主張するように緊締されない部分が独立して自由に運動できるものであるとすることはできないし、また、検乙第一号証は、低温用、中温用および高温用の各双金属部材を順次重ねてその一端において緊締したものであつて、引用例における各双金属部材(これがそれぞれ異なる熱応働特性をもつた構成のものと認められないことは、2の項で判断したとおりである。)とは、その構成が異なるから、これをもつて、引用例の双金属部材の緊締されない部分が各独立して順次自由に運動できるものであるとする被告の主張を認めしめるに足りない。

そして、本願実用新案において、各双金属部材間にそれぞれ間隔を隔てていることにより、各双金属部材が順次に予定温度において独立して作動するものであることは、前掲甲第一号証により十分認めることができ、また、双金属部材間に間隔がありこの間隔を適宜にとることにより、全双金属部材の作用線を飽和水蒸気の温度圧力曲線に沿つた順次連なる数本の直線つまり曲線に近似したものとなしうることが認められる。すなわち、右作用線の順次連なつた直線の最初の一つについて考えてみた場合、双金属部材間に間隔がなければ、つぎの直線に連なる点が、間隔を設けた場合に比し、低い温度圧力における点となる。したがつて、このようにしてつぎの直線に順次連なつて行ければ、でき上る全双金属部材の作用線(順次の折線で曲線に近似したもの)は、各双金属部材間に間隔を設けた場合に比し異なつた作用線となることが明らかである。いいかえれば、右の各間隔を適宜にとることによつて、双金属部材の作用線を飽和水蒸気の温度圧力曲線により容易適切に沿わせるようにしうる作用効果を収めることができると考えられる。本願実用新案において右のような格別の作用効果があるのに対し、引用例のものにおいては、このような作用効果を期待することができないから、双金属部材間の間隔の有無を単なる設計上の微差とすることはできない。

なお、成立について争のない乙第一号証(スイス国特許第二二五七二七号明細書)には、中間部分に間隙のある双金属部材が記載されているけれども、この双金属部材は、各部片(C1)(C2)(C3)間に間隔片(P1)(P2)があり、各部片はこの間隔片に接触しているものであるから、温度変化に応じて弁に作動する作用の点については引用例のものと相違するところがなく、また、乙第一号証には双金属部材が温度の上昇に従つて順次に作動するというようなことは全く記載されていない。証人本山寿の証言およびこれにより真正な成立の認められる乙第三号証中、これに抵触する部分は採用できない。なお、仮に、乙第一号証のものにおける各双金属部材がそれぞれ異なる熱応働特性を有するものであるとしても、右間隔片(P1)(P2)ことに(P2)の存在によつて、各双金属部材はいずれの端においてもたがいに接触しているのであるから、本願実用新案の各双金属部材が緊締されていない一端において相当な間隔を存しているのとは明らかに異なつており、その間隔の有無が双金属部材の作用線について異なつた作用効果を収めるにいたることは、前示判断に徴して明らかであるから、乙第一号証が審査審判手続において顕われたものであるかどうかの点を考えるまでもなく、いずれにしても、両者を技術的に同列に考えることはできない。したがつて、乙第一号証によつても、本願実用新案における双金属部材間の間隔の有無についての前示判断を左右することができない。

(三)  ((ロ)の点について)

被告は、原告が請求原因第四項の1(一)において(b)点として指摘する部分が本願実用新案の要旨中に含まれるとしても、この点は当業者の慣用手段であるから、本願実用新案は引用例のものから容易にすることができるものであつて、本件審決に違法はない旨主張する。

ところで、右(b)の点は、(ロ)の相違点における本願実用新案の構成についての「第一の双金属部材が作用して弁を閉鎖し、この際につぎの双金属部材は第一の双金属部材から離れた不作動位置にあり、弁は、閉鎖されると第一の双金属部材の運動を阻止するが、温度が上昇するとつぎの双金属部材が部材間の間隔を通り偏倚して第一の双金属部材と接触してこれに附加的な力を加え、このようにして双金属部材が順次に作動してほぼ飽和水蒸気の温度―圧力曲線に従つて作用するように構成している」との部分に相当する。

けれども、たといスチーム・トラツプを飽和水蒸気の温度圧力曲線に従つて作動するように設計することが慣用的な手段であるとしても、これだけの事柄から、ただちに右(ロ)点における本願実用新案の構成中(b)点の構成を当業者において容易にすることができるものとすることができないことは、これまでに判断して来たところに徴し明らかであるし、被告指摘の飽和水蒸気の温度圧力曲線に沿つて作動するベロー型スチーム・トラツプが従来当業者の常識になつていたとしても、右ベロー型スチーム・トラツプが本願実用新案の双金属型スチーム・トラツプと構造および性質において全く異なるものというべきことは、すでに判断したところであるから、結局、(ロ)の相違点における本願実用新案の構成中(b)の点を、当業者において容易にしうるものとすることはできず、まして、右(ロ)の点における本願実用新案の構成全体を当業者の容易にしうるものとすることは、とうていできないといわざるをえない。

しかも、以上に判断したところに徴すれば、原告が主張する「本願実用新案においては極めて広い範囲にわたるいかなる温度においても飽和水蒸気の圧力に対応する温度、すなわち凝縮を生ずる温度になると、ただちに弁が開いて凝縮水を排出するという効果、他面からみれば、弁を開くために必要な温度差が小さく、したがつて弁が敏感である効果を生ずるものである。」との格別の効果が右(ロ)の点における本願実用新案の構成からもたらされるものと認められ、これに対し、引用例においては、右のような作用効果を期待できないと認められる。

(四)  したがつて、結局、両者間の前示構造上の差異は単なる設計上の微差ということができず、この構造上の差異に伴つて両者間に作用効果上格別の差異を生じさせるにいたつているものと認められるから、本願実用新案を引用例にもとづいて格別の考案力を要しないで当業者の容易に案出できるものとすることはできないといわなければならない。

三  右のとおりである以上、本願実用新案を引用例のものにもとづき格別の考案力を要しないで当業者の容易に案出できるものとした本件審決は、その余の判断をまつまでもなく、審理を尽さず理由不備の違法があるというべきであるから、取消を免れず、原告の本訴請求は、理由があるので、これを認容し、なお、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 入山実 荒木秀一)

(別紙第一)

本願実用新案の考案の要旨(登録請求の範囲)

図面に示す通り、熱応働部材(40)をもつ弁作動装置を備え、熱応働部材を複数個の双金属部材により構成し、各双金属部材は夫々間隔を隔て其の一端だけを緊締しその緊締されていない部分は各々独立して自由に運動し得る如くし、この双金属部材の第一の部材(45)を弁の茎(30)に連結し、此等双金属部材は夫々異なる熱応働特性をもつものとして、低い圧力及温度の水蒸気のときに先ず第一の双金属部材が作用して弁を閉鎖しこの際に次の双金属部材は第一の双金属部材から離れた不作動位置にあり、弁は閉鎖されると第一の部材の運動を阻止するが、温度が上昇すると次の双金属部材が部材間の間隔を通り偏倚して第一の双金属部材と接触して、附加的な力を加え、斯くて双金属部材が順次に作動してほぼ飽和水蒸気の温度―圧力曲線に従つて作用する如く構成して成るスチーム・トラツプの構造

第1図〈省略〉

第2図〈省略〉

第3図〈省略〉

第4図〈省略〉

第5図〈省略〉

第6図〈省略〉

第7図〈省略〉

(別紙第二)

英国特許第五〇六三一八号明細書(引用例)の図面〈省略〉

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